ファナックの戦略に学ぶ――工作機械における新しい加工法の開発が切り拓いたイノベーション

はじめに：産業用ロボットを知る第一歩としての「加工の進化」

産業用ロボットと聞くと、溶接・組み立て・搬送といった工程を自動化する機械を想像するかもしれません。しかし、実際の工場現場ではロボット単体ではなく、それを取り巻く制御機器や加工機械と密接に連携して動いています。その中核的な存在が「NC（数値制御）装置」であり、日本を代表するメーカー「ファナック」はこの分野のリーダーです。

この記事では、工作機械や産業用ロボット、そしてその周辺技術がどのように新しい製造価値を生み出し、現代のスマートフォンや電子機器製造にどのように貢献しているのかを、ファナックの戦略を通して読み解いていきます。

ファナックのエコシステム戦略：NC装置だけで終わらない理由

ファナックは元々、工作機械の動きを制御するNC装置を製造・販売してきた企業です。しかし、単なる制御機器メーカーではなく、自社で射出成型機「ロボショット」や放電加工機「ロボカット」、そして小型マシニングセンター「ロボドリル」などを手掛けることで、独自のエコシステムを構築しています。

このような最終製品の製造に踏み込むことで、NC装置の採用が進まない分野でもファナックの技術を展開できるようになり、ユーザー企業との競合を避けつつ、自社の影響力を強化しているのです。

放電加工機と射出成型機：ニッチ市場での自立

特に「ロボカット（放電加工機）」は、切削工具の製造などで用いられ、加工精度の高さが求められる分野で高い評価を得ています。市場では三菱電機やソディックと競合していますが、ファナックは製品ラインを絞り、特定用途に特化した展開を行っています。

また、射出成型機「ロボショット」も同様に、比較的制御がシンプルなため、他社と激しく競合することなく、安定した市場ポジションを築いています。

iPhoneの登場が生んだ「ロボドリル」革命

2007年のiPhone登場により、スマートフォン市場に「金属筐体（アルミやマグネシウム合金）」という新たな需要が生まれました。従来は樹脂製だった筐体が、見た目の美しさや剛性を重視して金属化されたことで、切削加工機の重要性が一気に高まりました。

ここで脚光を浴びたのが、ファナックの「ロボドリル」です。これは小型部品加工に特化した高性能な工作機械で、iPhoneの筐体加工用として台湾のEMS（電子機器受託製造サービス）企業であるホンハイ（Foxconn）や可成科技（Catcher Technology）に大量採用されました。

このヒットにより、ファナックのロボドリルは一気に市場を席巻し、2012年にはマシニングセンター（MC）市場で国内トップシェアを獲得するに至ります。

ファナックとユーザー企業との棲み分け

重要なのは、ファナックのこうした事業展開が、自社のNC装置の顧客である他の工作機械メーカーと「競合しない」よう巧みに設計されていることです。たとえば、ロボドリルは主軸30番という比較的小型の機械であり、従来の主流である主軸40番の大型機とは明確に棲み分けされています。

この結果、ファナックは競合企業の新たな需要創出をサポートしつつ、自社の市場も拡大できるという理想的な立ち位置を確立しているのです。

世界中に広がった金属筐体加工需要とその波及効果

iPhoneのヒットを皮切りに、サムスンなどの競合スマートフォンメーカーも金属筐体を採用。さらには中華系スマホメーカーも追随し、EMS業者に金属加工の波が一気に押し寄せました。このトレンドにより、台湾や中国の中堅工作機械メーカーも急成長を遂げました。

しかしながら、金属筐体の採用により、加工設備への投資が増える一方で、アップルによる価格圧力などによりEMS企業の利益率は低下。結果として、Catcherなど一部企業は事業から撤退する動きも出ています。

小型工作機械の「イノベーションのジレンマ」

ここで注目すべきは、小型工作機械が大手工作機械の市場を一部取り込む形で新しい需要を生み出した点です。これはまさに「イノベーションのジレンマ」であり、より小型・高速・省電力な機械が、新たな領域で強みを発揮した例と言えるでしょう。

このような動きを牽引してきたのがファナックやブラザー工業といった、日本の中小型機分野に強みを持つメーカーたちです。彼らは、大手メーカーが重視してこなかった分野に注目し、高い性能と効率性で市場を切り開いてきました。

まとめ：多様な加工が新しい未来を切り拓く

ファナックの事例から学べるのは、「機械加工の多様性」がイノベーションの源泉になるということです。工作機械や産業用ロボットは単に物を削ったり組み立てたりするだけでなく、使い方次第でまったく新しい価値を生み出します。

この記事で紹介した内容は、産業用ロボットや工作機械の基礎知識を知る上での第一歩であり、今後この分野に関心を持つ企業やエンジニアにとって大いに参考になるでしょう。